毎週土曜日、当館ではクラッシックコンサートが行われています。 ここで使用されているYMAHAグランドピアノには、深い歴史がありました。
ピアノの足跡
このピアノの最初のオーナーが、東急電鉄の創始者、故・五島慶太氏です。 鉄道事業では、優れた経営を行い、阪急電鉄の小林一三と並び、 「西の小林、東の五島」と称されておりました。 五島氏は美術品を集めるコレクターとして名高く、現在でも、東京都世田谷区に美術館が残されております。 発売当初の値段が約5,400円で、当時のサラリーマンの年収が約1,045円位でした。一般庶民の年収から比べると、非常に価値の高いピアノだったのです。
83年の時を経て五島慶太氏のふるさと長野県で、昭和初期の音色をお楽しみ頂けたらと思います。
このYAMAHAピアノの正式名称は、YAMAHA セミコンサート・グランド。
全国各地のピアノメーカーが、「我こそは世界に誇るピアノを作らん」と意気込んでいた昭和初期に、このピアノは生まれました。 この頃のYAMAHAピアノは品質と製造技術の向上の為、ベヒシュタイン社(ドイツのピアノ3大メーカーの1つ)から、エール・シュレーゲルという技術者を招き、日本人の技師や工員が技術の手ほどきを受けたという記録が残されている程、熱心にピアノ作りをしていたようです。 現在のYAMAHAピアノとは、ひと味もふた味も違うものに仕上げられております。 現段階で確認できる同機種は、広島の「被爆ピアノ」1台です。
ピアノの特徴 製造年月日 1928年 ベヒシュタインのアクション機構を採用。 弦は全て1本張りになっております。円錐形の脚とペダル。 総アグラフ仕様を採用、ベヒシュタイン仕様のデザイン鉄骨フレームを採用。 一枚張り象牙鍵盤・黒檀、黒鍵を使用。 このピアノを6本の脚で支えており、至る所に、彫刻がデザインされております。 ペダルも珍しく、2本ペダルになっております。 YAMAHAのロゴマークも今のピアノとは少し字体が変わっています。